築地ってぇのは、昔から、魚を買ったり売ったりするまちです。
もちろん魚だけじゃあ、ありません。
野菜に果物、肉、豆、玉子焼き・・・。
どれもこれも食べ物ですから鮮度が命なわけで、
当然、商う人間も、鮮度と云いますか、活きがいい。
そんな気質を代々受け継ぐこの土地には、
暗黙のルールと申しましょうか、皆が守る約束事があります。
これを、人呼んで “築地しぐさ” と申します。
築地で生きる上でのしきたりであり、相手に対する心遣いみたいなもんです。
河岸ならではの、粋な身のこなしとも、云えますかね。
初めて築地に足を踏み入れた日、バリバリ音をたてて走り回るターレに圧倒されながら、魚でも買おうと店の人に声をかけると「アンタに売る魚はないよ!」とピシャリ!
半泣きしながら話を聞けば、うちの魚は上物ばかりでアナタにはちょっと高すぎる、だから他のお店で買ったほうがいいよ、というアドバイスだったのです。
忙しさと優しさゆえの一言。
当時の私は、魚を捌いたこともなかったので当然です。
それがきっかけで顔なじみとなり、今では料理の腕もちょっと上がりました。
ところが先日、またもや「売る魚はないよ!」と!
え〜また!? と思ったら、売るほど魚はあるけれど、今日は薦められるのが無いと。
魚のプロとしてのこだわりでした。あ〜ビックリ!
こんな対面販売を楽しめるのが築地です。(つっきー)
私が築地に初めて来たのは、今から20年も前のこと。師走の混雑の中、とある店で、魚を買ったんです。その店は大層、忙しそうで、それこそ猫の手も借りたいといった風でした。
当時の私は、博打まがいの仕事に手を出したのが仇となり、食い詰めておりました。正直云って、現金収入が欲しかったわけです。そこで、勇気をふりしぼって、店の主に訊ねてみました。
「仕事させてくれませんか?」。
主は、魚を捌く包丁を一瞬、止めて、じっとこちらを見返しました。
そしてひと言。
「あしたからでも、来い!」
その時から、私は魚河岸勤めとなり、今に至っています。
築地には、実に様々な人が流れて来て、ここの水に合った人が居着きます。
雇う側は、前歴など気にしません。
労を厭わず真面目に働く人間であれば、重宝します。
十代で築地に来た若者が七十代の爺になった今日でも働いているなんていうのはザラです。
出会いとはまことに不思議なもので、私も、縁あって雇われた恩は、生涯、忘れません。(しゃけこ)
今は亡き鮭屋の親父が、隣の乾物屋の親父に向かって吐いたひと言であります。
この二人、若い頃は仲良く温泉旅行に出掛けたりしていたんですが、ある時から犬猿の仲に・・・。
なんでも、鮭屋の鮭がたいそう売れるのを羨んだ乾物屋の親父が、真似して鮭を売り始めたことから、仲違いしたんだそうで。
以来、何かにつけてはぶつかり、時には包丁を振り回しての大立ち回りにもなり、確執は、お互い鬼籍に入るまで続きました。
そんな二人の喧嘩の枕詞が「悪口は、聞こえるように言うもんだ!」。
このひと言を皮切りに、口が出る、手が出る、足が出る、後は推して知るべし・・・。
決して褒められた事じゃありませんが、まだ小僧だった私は、この科白にある種の爽快感を覚えました。
向こう三軒両隣、仲良くやっていければそれに越したことはないのですが、存外、隣同士っていうのは利害が絡む故、お付き合いが難しいもんです。
そんな不平不満を抱えた折に、陰に籠るよりも自分の意思を相手に伝えるっていう選択肢もあるんだなと、知った次第です。(しゃけこ)









